離婚のご報告 (週刊金融日記 第320号の投稿の続き)

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こんにちは。スーパーサイヤです。藤沢数希さんの『週刊金融日記』という有料メルマガのいちコーナーへ、僕の離婚報告を投稿しました。その主な内容は、妻からの暴言・暴力などの離婚に直結した一連の出来事と、それに対処する僕の心情と行動の描写です。読む方にとっては良い気分にならないかもしれませんが、ひとつのケーススタディとして参考にしてもらえればと思い投稿させて頂きました。投稿の内容を考え、文章化し、メルマガ上でアウトプットされ、皆さんからコメントを頂いているという一連の過程が僕にとって癒しになっていることを、ここで告白しておきます。

 

そして、今回のブログ記事では、メルマガの投稿には書かなかった、夫婦生活の回顧・反省と僕の子供達への思いを綴ろうと思います。

 

■夫婦生活の回顧・反省

まず、僕自身の結婚に対する覚悟が当初から足りなかったことを認めなければなりません。これは、覚悟の不足を自覚しながら結婚したという意味ではなく、離婚した今になって振り返ると、「あれは覚悟が足りていなかったんだな」と気がついたという意味です。仕事や離婚準備での闘争経験を経て、いつからか「覚悟がある=本気である=情報収集がぬかりない」という方程式を実感するようになりました。その意味において、「本来必要な情報に辿り着かなかった=本気度が足りなかった=覚悟が足りなかった」と感じています。つまり、女性の妊娠時や出産後の心身の状態に対する情報収集が不足していたことによって、「妻へのケアが不十分→(中略)→妻が暴徒化」 という現象をが引き起こされるきっかけを作ってしまったと振り返っており、反省をしています。

 

例えば、以下のような情報に妊娠前に辿り着くことができませんでした。

 

 

 

 

今悔やんでも覆水盆に返らずですが、これは本当に知っておきたかった。イケハヤさん、広瀬さんだけではなく、様々な読み物上で既に言い尽くされていることです。特に「産前産後の妻の恨みは、死ぬまで続く」は身をもって実感したし、実際にずっとギクシャクどころでは済んでいませんでした。事あるごとに昔の出来事を次々と引っ張り出して罵ってきます。たちまち文脈は関係無くなり、今の怒りが昔の怒りを次々と呼び起こしとどまることを知りません。一方僕はネガティブなことをずっと覚えていても何の得にもならないと思っていて、反省だけしたら出来事自体は記憶からいずれ消えてしまうので、妻とは正反対です。この僕の性質が余計に気に食わないと言われました。下手を打って一生の恨みを買うぐらいなら、3ヶ月とはい言わずとも出来るだけの育児休暇を取って妻をしっかりサポートしていれば、逆に死ぬまで感謝されたのかもしれません。

 

(手前味噌な宣伝ですが、失敗者の視点から上記の反省を活かした対策を、下記の共著noteの僕のコーナー内にしたためてあります。ご興味あるかたは、しくじり先生のようなものだと思って読んでください。※有料です)

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それで上述、

「妻へのケアが不十分→(中略)→妻が暴徒化」

の中略部分について。夫婦間の話し合いの結果として価値観の相違が発見された際、僕は相容れない部分はお互い深く干渉しないというスタンスでしたが、妻は全て怒りに変換されていました。「なんで私がこんなに言ってもわかってくれないの!」というやつです。大声を出したりモノに八つ当たりしたり、僕が昔から飼っている猫に暴行を加えたり(僕に嫌な思いをさせる目的で、シチューを作っているアツアツのお玉を猫に投げつけた)。

大阪に転勤した当初は自分のキャリア上の勝負時だと位置づけ、妻にそのことを事前説明したうえで仕事に打ち込んでいたのですが、育児や家事のサポートが足りないという不満が爆発し、「会社に電話して文句を言う!」と言って本当に会社のHPをスマホで開いて脅してきたこともありました。自分の言い分を通すために様々な乱暴な手段を用いて相手をコントロールしようとする人でした。

で、たまの休日には家事を自主的に取り組んでいましたが、それはそれで最初から大声で頭ごなしにやり方を否定されたりイヤミを言われましたね。妻に比べたら家事育児は不得手ですが、その分妻が出来ないことを外でやっている自負はあったので、得手不得手はお互い様だと僕は考えていました。が、妻にとっては「何でそんな簡単なこともいちいち言われないとわからないの?」でしたね。サポートしたらしたで、そんな言い方するのかよ、と。

日頃の家事や子育ては専業主婦を買って出た妻に全部任せていましたが(共働きの約束で結婚したが勝手に仕事を辞めバイトを探す素ぶりすら無し)、家族の誰かが病気のときは仕事そっちのけで僕が仕事を休んで家事育児をやりましたが、妻からは「そんなのは当たり前」と言われました。まあ間違ってはいないのですが…。

専業主婦になってから、「お前のお金は私のお金なのよ!」ともハッキリ言われました。まあ、これもある意味正しいは正しいのですが…。

当初から見返りを求めていたわけではありませんが、その相手自身から当たり前だと言われると、さすがに耐えられないほどの嫌な気分になってしまいました。以下のツイートが、そんな気持ちを上手に表現してくれています。

 

 

 と、ここまで書いた分を読み返してみて、僕の自分自身への反省は書かれた文面からエモさを全然感じることができないと気が付きました。一方で、嫌な思いをしたことについてはエモさが滲み出ています。過去の自分の至らなさをある程度は自覚しつつも

・だからと言って暴言暴力を奮っていい理由にはならない

・こちらも散々理不尽で屈辱的な目に合ってきた。控えめに見積ってもお互い様だ

と腹の底から思っているので、回顧することの中にこういったのエモさの差が現れるのだなと発見がありました。。

※暴言=カス、クソ、死ね、使えない、ゴミ等

※暴力=引っかき、パンチ、キック、タックル、包丁等

 

(下記のharukiさんのツイートのパクツイみたいになってしまっていますね…笑)

 

 

以下、回顧と供養を兼ねて、嫁の暴言暴力に関するツイートを貼ります(記録のために作った別鍵アカウントのツイートも含みます)。ナームー。

(長くなったので、子供達への思いは、次の記事に書くことにします。) 

 

 

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