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複数の女性と関係を持っていると、自分の発言や行動をマネジメントしなければならなくなってくる。理由は様々だが、逆にマネジメントしないことを想像すると、都合や利害の衝突、矛盾等から怒りや不信感を買ってしまい、関係が崩壊するケースが多い(一部認めてくれる女性もいるけど)。だから発言や行動をマネジメントする。  
しかし、そのことを自覚している時点で、その男は本質的には女性から不信感を買ってしまう人物であると思う。少なくとも僕自身はそうだった。(今もまあそうである)
 
しかし実際には、言動をマネジメントするので、少なくとも関係を揺るがすような大きな不信感は買わない。平たく言うと、知られてはマズい言動を隠しているから、波風が立たずに済む。なんとなくビジネスっぽくマネジメントがどうとか、レピュテーションが、リスクがなんちゃらとかよく言うけど、要は秘密を隠しているだけ。そんなにカッコイイものではない。ただ単に、秘密を知られないように注意深く振舞っているだけだ。
 
一方、相手が不信感を抱いたり傷ついたりする瞬間、それは、事実そうであるからではなくて、事実そうであることを知った瞬間である。ものすごく当たり前のことだけれど。
 
僕が小学生の頃、父親が外で女を作ってアパートを借りて出て行ったことがある。でも、その事実を知るまでは、知らなかったので、全く傷ついていなかった。母親の挙動がおかしいと感じて、子供ながらに問い詰めて白状されて、事実を知った瞬間に初めて傷ついて悲しい気持ちになったのをよく覚えている。僕がその事実を知らなかった間にも、実はその、僕が傷つくような事実は予め発生していて、でも、事実を知らなかった期間は僕が傷ついていなかった、ということに、事実を知った後に気が付いた。
 
そんな経験があるからか、事実とそれを知られることがズバッと明確に区別されてしまっていて、知られさえしなければ、やっていい、という感覚が自分の中にあるという自覚がある。それが理由かどうかはわからないが、僕は自分自身が傷付いたにも関わらず、父親ほどではないが、似たようなことを自分の家族に対してやってきた。そして、それらを知られないように注意深く過ごしてきた。
 
今の僕にとって、事実を知られることは、全てを失うことを意味するようになってきた。僕にそっくりな息子が、僕をパパと何度も呼んでくれる。離れているときも、パパ、パパと、言うと聞いて、求められているようで嬉しく感じた。子供への細かい感情の動きは別の記事で書きたいと思うが、僕の中でかけがえのない存在になってきている。結婚を後悔する気持ちは今でも少しあるが、子供の成長につれて、こんな天使を産んでくれた妻に感謝する気持ちが芽生えてきた。今まで色々やってきて勝手かもしれないが、失いたくない。
 
だから、僕の今の気持ちは、知られちゃいけない事実はこれ以上作らないほうがいい、という方向にシフトしてきている。失いたくない大切なものができて、人生における優先順位が大きく変わってきているのを感じている。
(これも別の記事で細かく書いていきたい。)
 
しかし、作ってしまった事実からは逃げられない。事実は消えない。今となっては少しだけ後ろめたい気持ちを持ちながら、一生事実を隠し続けなければならない。今、それらの事実について、やったことは全く後悔していないけど、もし事実を知られることが起きたら、その瞬間に全てを後悔することになると思う。想像するとゾッとするどころの話ではない。
 
でも、秘密にするような事実が一つもない人生はつまらない気もするし、秘密の無い人なんて誰もいない。きっと妻にも秘密はあるだろうし、子供も将来、口が裂けても親や他人に言えない秘密を作るものだと思っている。僕のように。
 
繰り返しになるけど、内容や程度にもよるが、なるべく家族のそういう秘密な部分を許容したいと思いながらも、自分の秘密はひた隠しにし続けなければならないという矛盾に陥る。
 
夫としての欲望、父としての欲望、僕一個人としての欲望と、色々入り混じっており、どれが僕の本心で、どれが長い目で見て取り組むに相応しいかを大切に感じて捉えて、もしくはバランスを取って実行していく必要がある。今後どうすればよい、という答えはすぐに簡単には出ないが、家族が、僕の人生の価値観を見直すきっかけをくれているように感じる。少なくとも、複数の女性と接しているときよりも、苦しいけど遥かに豊かな心の葛藤を感じるようになっている。
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そして2017年の今、僕は相変わらず少しずつ秘密を積み上げているし笑、
また最近、嫁のある秘密を知り、流石に許容しかねる内容だったので、
密かに注意深く追いかけているところです。
これはまだ匿名ツイッターだとしても言う気になれないので、
いずれ言うかもしれないし、言わないままかもしれません。
 
終わり。